2018.7.17

季節の変わり目と暑さが苦手なので、今は一年の中でぼくが最も苦手とする季節です。ましてや揖斐川町は最高39度近く、家のガレージの気温計では40℃超えの異常な日々が続くので、仕事以外はなるべく家の中とか、カフェとか、お寺の地下にある洞窟とか、涼しい場所に引きこもって暮らしていたい…。でも休日で、父親なので、子どもと外で遊びたくなる時もある。いまはそういう時、水遊びしか選択肢がないです。

写真は、家の周りや庭に生えている草や花を手で摘んできては、水を張ったタライに浮かべる、という遊びの記録。2歳の長女はわりにおだやかな性格なので、こういう静的な遊びだと、ちょうどよく盛り上がれます。

この遊びの面白いところは、周囲に今どんな植物が生えているかを一目で知ることができる、ということ。この日は、アジサイがだいぶ枯れかけてきていて、白いキキョウの花が咲きはじめた頃でした。

他にも、ジョウロとホースで即席シャワーを作ったりとか、近所の川で川遊びをしたりしながら、なんとかこの環境を乗り切っています。

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ぼくが最初に関心を持った社会課題が「公害問題」だったおかげで、多くの社会課題はmatterでも、problemでもなく、issueであると知った。大多数のひとびとが「人間社会にとって、解決すべき課題であり、原因も解決策も明確だ」と認識すると、社会が正常に機能していれば、その課題はゆっくりだけど、しかし少しずつ、縮小・消失の方向へと進んでいく。「解決すべき課題かどうか、どのように解決すべきか」が明確にされていない、つまりまだ社会的には論点(issue)にとどまる場合、共感や理解を得たり、論証を積み重ねることで、次のステップに進むことができる。社会起業家やNPOの貴重な役割は、多くの人にとって未知の領域の困りごとを「issue」として設定し、社会に対して問題提起を行うこと、そしてissueを次のステップに変化させようと社会に対して働きかけ続けること、だと思います。

issueの初期段階では、問題であると主張する人もいれば、問題でないと主張する人もいる。公害問題、例えば水俣病では、特異な症状が「猫踊り病」として表面化するようになったのは1952年で、症状と工場排水の因果関係が政府に認められたのは1968年だった。16年の間、まともに問題解決に向けて動いていたのは、患者団体とか熊本大学の一部の研究室とかの一握りの人々で、企業側のOBだった当時の市長や、労組も市民も、政府も、彼らの味方をしなかった。

現実を認識する方法には「感情・事実・観念」の3つがあるということが、メタファシリテーションを通じてぼくが学んだこと。特に、事実を事実として認識することは、とても大切なことだと思う。

例えば、2018/7/14-16の3日間には、熱中症で14名が亡くなった。

社会全体の問題解決能力を上げるためには、「わたしは困っている」とか「この社会にはこういう問題がある」とか「これからこういう問題が起こりそうだ」という問題提起に対して、一人一人が一旦立ち止まって、ポジションやバイアスをなるべく取り除いて、事実の全貌を見ようとする努力をする、ということを習慣づけるのがよいと思う。そのまったく逆に、事実をもとに一人一人が考える能力と機会を可能な限り奪い取って、人間を観念と打算で動くパーツとして育て上げ、取り扱うことで、徹底的に社会全体の「効率」を上げようとしたのが、全体主義社会だった。

では、「事実を見ようとする努力」とはどのようなことを指すのか。体系的知識や明白なことがらは、教科書とか授業で学べばよいのだけど、issueの場合は「誰か特定の人がすべてを知っている」という段階ではないので、そういう方法で事実の全貌を知ることはできない。各々の異なる立場から同じ事象を眺めて、お互いの意見を比較して、互いにフィードバックしながら、結論を得ようとする作業が必要になる。PCに例えると、「勉強」がアプリケーションをインストールすること、issueの「事実の全貌を知る」ことはブロックチェーンを構築すること、という感じで、必要なスキルやリソースや姿勢はかなり違う。

5月から開催している「地域のコモンズと評価に関する研究会」も、研究会という名称にするとハードルが上がってしまう気がしたけど、「勉強会」という言葉からイメージされるような、「教える側ー教わる側」という場にしたくなかったので、こういう名前にした。質の高い「問い」や「鍵となるような概念」を、静岡県立大学の津富先生から投げかけてもらい、違う立場や経験から見えることを話し合って、各々の次のステップにどう進むべきかを考える、というような場です。毎回15人くらい、東海エリアのNPO・中間支援組織の役職員を中心に、自治体職員など、幅広い方々が参加してくれていて、だんだんと論点の輪郭がつかめてきたので、8月からはオープン開催にしよう、という感じになっています。

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社会課題やその原因となる構造・土壌は、しばしば「特定のステークホルダー同士の合意の元に決定・実行される」こと、つまり閉じた世界のハッピーマリアージュ問題によって生まれる、というのを以前書いた。その後も数名の友達と議論して、ハッピーマリアージュ問題は要素化すると下記の4点になるよね、という話になった。

【前提条件】
①特定のステークホルダー同士の合意の元に決定・実行され、その他のステークホルダーを遠ざける(周縁化)
②責任の所在や担当が不明瞭な分野や領域、もしくは新しく作られたスキームや、不透明な体制のもとに実行される(中間的領域)
【結果・影響】
③新しく生まれた豊かさや価値が特定少数に収斂する(独占)
④不特定多数が所有する豊かさや価値、モラルを毀損する(コモンズの喪失)

上記を例えば「モリカケ問題」に当てはめると、こうなる。

①周縁化:安倍夫妻+首相官邸、(モリ)籠池理事長、近畿財務局、財務省理財局、(カケ)内閣府、加計理事長、首相秘書官
②中間的領域:(カケ)国家戦略特区
③独占:(モリ)瑞穂の國記念小學院の開校、(カケ)岡山理科大学獣医学部の開校、建設会社を含むグループ企業への補助金還流
④コモンズの喪失:決裁文書改ざん、虚偽答弁、(モリ)国有地値引額8億2200万円、(カケ)市有地37億円、建設費等の補助金96億円
参考:いまさら聞けない 森友・加計問題とは(日本経済新聞)

休眠預金活用法案は①に、社会的インパクト評価は②に該当することは自明で、ぼくは正直、ここまでだけだったら、問題は限定的だと思う。
ところが、ぼくが3月に参加した、津富先生がゲストの「社会的インパクト評価を『評価』する」という講演で、休眠預金と社会的インパクト評価が結びつくことで③④が起こりうる、ということを知った。
ただし、地域のプレイヤーがissueを知り、すべきことを行うことで、③④は縮小できるし、むしろ地域の問題解決を促進することもできる、とも考えている。まだ間に合うと思っている。これが「地域のコモンズと評価に関する研究会」を開催している理由です。

「社会的インパクト評価を『評価』する」では、まるで明日起きるような、リアリティのある絶望が語られた。内容は、下記の松原さんの投稿に詳しいです。

松原の「なんとか社会に追いつきたいぞー」プロジェクトはまだまだ続く。今回は、「社会的インパクト評価」。SROIは2000年代初頭から、社会的インパクト評価は2000年代後半から勉強はしていたが、松原が病気で寝込んでいる間に、なんだかと…

松原明さんの投稿 2018年3月29日木曜日

 

ぼくは会場で、「中間支援組織のスタッフは何をすればいいのか?」という質問をして、対する回答は「まずは基本的な評価学をきちんと学ぶこと」だった。その後、いくつもの幸運なことがあった。日本NPOセンターのNPO事業評価コーディネーター育成講座に参加していたので、評価の基礎を学ぶことができた。同じ地域から名古屋NGOセンターのたぐさんも参加していたので、二人であれやこれやしながら、講座の中身を消化することができた。津富先生にも継続的に関わっていただけて、研究会を定期的に開催することができた。このissueに関心と共感を持ってくれる人を見つけて、議論することもできた。

ただ、issueはissueのままではだめで、次のステップに進めなくてはいけない。
なので、一人でも多くの人に、なるべくなら「濡れ手に粟」をしたい人やツールやノウハウにしか興味のない人ではなくて、地域をよくするために「何のための、誰のための、活動・支援・評価なのか」を考えて、自分自身の答えを見つけたい人に、参加してもらえるといいなと思います。
参加者が多ければ、他のゲストも呼びやすくなって、より深い議論ができるし。
研究会というと、なんとなく、「そこそこのレベルが必要?」と思われるかもしれないけど、そのあたりはしっかりカバーできるよう、準備しています。
何より、主催者の一人であるぼくが、たった4ヶ月前までド素人だったわけだしね(今もそう変わらない)。気軽に参加していただけると、うれしいです。

イベントURL:http://neu-zuppa.com/20180709/commons/

Facebookページ:https://www.facebook.com/events/270883093684259/